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平成19年 堺市石津神社 浜石

10月6日、堺市堺区の石津神社でのふとん太鼓を見てきました。1つの神社に、だんじり(神石市之町と上石津)とふとん太鼓(浜石と緑ヶ丘)が奉納する珍しい祭りです。

浜石の歴史は、次の通りです。


石津神社に始めて太鼓台が奉納されたのは、明治42年。殿馬場の酒造屋の社長2名の要請で、遠里小野の大工制作の太鼓台を明治41年に菅原神社所属の堺型太鼓台を購入。石津川のの清流を利用しての晒(サラシ)業が盛んだった為、「晒仲」とする。

しかし、明治43年に南旅籠町農人町の有志に売却。大南戸川(隅田)(開口神社)の現太鼓台となる。

それからしばらくは、子供太鼓や樽御輿奉納などの時期を経て、昭和60年、湊の個人所有の子供太鼓を購入後、同63年に、石津若中(石津太神社)より中太鼓を購入した(現緑ヶ丘)。

現在の大太鼓は、明治40年、堺区戎島の北浜新調(菅原神社)の淡路型太鼓台を、大正2年に梅町(百舌鳥八幡宮)へ売却。
平成9年に、太鼓台の台座と布団部分等※を購入。彫り物は新調し(彫物師谷口信夫)、平成10年、89年ぶりに大太鼓での奉納をする。

※彫り物等は、現在も梅町で使われています。

しかし、平成16年7月18日早朝、太鼓蔵は火災に遭い、太鼓台は焼け焦げ、綱等の装飾類も水で濡れた。梶内だんじり店で約1200万円かけて修復し、現在に至る。

それでは、祭礼の様子をどーぞ☆彡


▼平成19年の祭りより


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▲鳥居が低いため、このように入ってきました。









◎参考写真◎
PAP_1066改

▲晒仲の太鼓台として使われた現隅田(大南戸川)の太鼓台

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▲先代の中太鼓で、現緑ヶ丘の太鼓台
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