スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

平成19年 堺市石津太神社 石津川向

初日の10月5日(金)の宮入り4番、石津川向。

太鼓台奉納のはじまりは、昭和45年、個人所有の子供太鼓を奉納したのが初め。

2代目は、昭和53年に梶内だんじりより購入。平成4年まで担がれる。

3代目は、平成5年に、個人所有(上記の個人とは別)の太鼓台を購入。(2代目と交換)。

この3代目太鼓台は、東大甲(開口神社)が、明治末期に新調した淡路型で、昭和5年に土師町(百舌鳥)初代太鼓台として購入。昭和24年に西中(堺市陶器地区)が購入、平成5年に西中が地車転換につき、個人所有に。

彫師:平間勝利。平成12年梶内だんじりで修復。
彫り物は、枡合:正面「神功皇后三韓征伐」、右「楠公子別れ櫻井の駅」、左「忠信碁盤投げ」。後ろ「大磯五郎大磯驀進」。


▼平成19年の祭礼

PAP_0785.jpg




◎参考記事◎

西中のページへ。

土師町のページへ。


スポンサーサイト

平成19年 堺市陶荒田神社 西中

本年初めて行った、と言うか、知った陶器地区の祭礼。

陶荒田神社宮入り8番の西中。

後ほど知ったのですが、この西中は、平成4年までは、布団太鼓での奉納だったそうです。

その布団太鼓は、いったい何処に行ったのでしょうか・・・。

その太鼓台は、東大甲(開口神社)新調で、初代土師町の太鼓台として購入。土師町が2代目新調につき、西中が昭和24年に購入。以後平成4年まで担がる。

平成5年に、現・上地車折衷型を植山工務店で新調。彫師:木下頼定。
土呂幕「源 頼朝初陣」。見送り「一ノ谷の合戦」。

そして、太鼓台は、個人所有になった後、現在の石津川向(石津太神社・西区)の太鼓台となる。


▼平成19年の初日

PAP_0896.jpg

PAP_0897.jpg

PAP_0898.jpg

PAP_0889_20071128174538.jpg

PAP_0891_20071128174556.jpg

PAP_0892.jpg

PAP_0893.jpg








◎参考記事◎

石津川向のページへ。

土師町のページへ。

平成19年 堺市百舌鳥八幡宮 土師町

本年19年宮入りは、4番目。

土師町の布団太鼓の始まりは、昭和3年に東大甲(開口神社)の淡路型太鼓台を購入し、同24年の2代目新調まで担がれる。
「土師の黒房太鼓」の始まりは、昭和13年、白房を新調する資金がなく、黒く染めた事が始まり。

昭和24年2代目を梶内だんじりで淡路型太鼓台新調製作。初代太鼓台は、堺市陶器地区西中(陶荒田神社)に売却。平成5年西中が地車(上地車折衷型)に転換・新調につき、個人へ所有へ。現在は、石津太神社(西区)の石津川向太鼓台。彫師は松田正幸。
3代目は昭和49年に再び梶内だんじりで淡路型太鼓台新調製作。(2代目は下取り)

4代目は、平成10年梶内だんじりで淡路型太鼓台新調製作。(3代目は下取り)

彫師:狭間は、藤崎秀胤、虹梁は、南部寿宣。

彫り物は、枡合:正面「赤穂義士吉良邸討入り」、右「殿中松の廊下」、左「両国橋引き揚げ」、後ろ「兜改め」。
虹梁:正面「内蔵助 遊興」、右「赤穂城明け渡し」、左「南部坂 雪の別れ」、後ろ「浅野内匠頭切腹」。

太鼓台の土呂台より上部は、総黒檀で製作され、金綱・金具は純金で製作。
太鼓は、阿部甚兵衛太鼓店(三重県桑名市)で製作。

なんと総額1億円!!地車ではよくある金額だが、太鼓台では恐らく最高額。


▼平成19年宮入りです。
PAP_0691_20071128174448.jpg

PAP_0697_20071128174507.jpg

PAP_0696_20071128174503.jpg

PAP_0695_20071128174458.jpg

PAP_0693.jpg

PAP_0688.jpg

PAP_0690.jpg

PAP_06900.jpg

PAP_0689_20071128174512.jpg






◎参考記事◎

西中のページへ。

石津川向のページへ。

平成19年 和泉市府中地区等だんじり

毎年は、大和泉連合の時に行くのですが、本年は、初日に行ってきました。

JR阪和線和泉府中前にて。写真があるものについて解説。

東泉寺(府中地区)

初代は、は堺型の上地車で昭和38か9年頃に消防署で焼却処分との事。
2代目代は昭和38年頃に5万円で同市箕形町より購入。岸和田型下地車で、昭和25年に箕形町新調。昭和56年頃に大改修すろ。その時の大工は池内工務店(池内福治郎)。彫師は木下賢治、木下頼定。助は実弟頼定等。平成16年まで曳行される。現在は貝塚の倉庫に保管中。
土呂幕は「秀吉本陣佐久間の乱入」。見送りは「灘波戦記」。

現地車は、平成17年新調の岸和田型下地車。地車製作は、池内工務店(池内幸一)。彫師は木下彫刻工芸(木下賢治)。
長さ3.9m。大屋根幅2.22m。内幅1.1m。高さ3.9m。
土呂幕彫刻は、正面「桶狭間の奇襲」、右「三方原の合戦」、左「秀吉本陣佐久間の乱入」。
見送りは、大坂夏之陣。

PAP_0824.jpg

PAP_0823.jpg


郷小路(黒鳥地区)

初代は黒鳥全体で1台として曳いた時の地車。
2代目は舞台付き石川型の説。(不詳)
3代目は春木の大工より中古の上地車を購入するが、焼却処分。彫物は取られ4代目地車に使用。
4代目は昭和51年に岸和田市春木中町より15~6万円で購入し、10万余円かけ修復。そして5代目地車購入につき、太鼓正に100万円で売却。現・太子町永田の地車。岸和田市門前町新調→神弥町→春木中町→和泉市黒鳥郷小路→「太鼓正」→太子町永田。
現5代目地車は明治29年岸和田市三田町小倉新調の地車を平成5年和泉市黒鳥郷小路が150万で購入。岸和田型。
大工は絹井嘉七。彫師は玉井行陽。助は櫻井義國。
縁葛「富士の巻狩り」、土呂幕「灘波戦記」。見送り「関ヶ原の合戦」。

PAP_0822.jpg


馬場之町(府中地区)

初代地車は黒檀の石川型上地車。現・地車購入につき兵庫県武庫郡に昭和2年売却。
現2代目地車は、昭和3年岸和田市内畑町辻堂より800円で購入。昭和58年に大改修。大修理時の大工は池内工務店(池内福治郎)。彫師は木下賢治。助は実弟頼定、十場祐次郎 等。
土呂幕は、正「秀吉本陣佐久間の乱入」、右「加藤清正の勇戦」、左「福島市松の勇戦」。
見送りは、大坂夏の陣。

PAP_0821_20071127195149.jpg

PAP_0820_20071127195158.jpg


▼平成19年の動画(王将前)

10月06日
動画順:郷小路(黒鳥地区)、馬場之町(府中地区)、南之町(府中地区)、市辺町(府 中地区)、上泉(黒鳥地区)、下伯太(伯太地区)、東泉寺町(府中地区)、小社之町( 府中地区)





平成19年 堺市百舌鳥八幡宮

本年19年は、宮入り宮出ともに2番だった中百舌鳥町。


中百舌鳥町は、もともと金口村と東村が合併した町で、以前は地車3台を昭和初期まで所有。昭和34年に合併し、初代太鼓台となる淡路型中太鼓を昭和46年購入。しかし1年で土師町へ売却し、2代目は、昭和47年に、淡路型大(親)太鼓と子太鼓を梶内だんじりで製作新調。

以後平成15年まで担がれる。

平成16年に、現3代目淡路型太鼓台を新調。
太鼓台製作は、吉為工務店(岸和田)。彫師は狭間、虹梁、力神、烏天狗は岸田恭司(岸和田)。木鼻は山本仲伸(泉佐野)。

使用木材は、本柴檀(四本柱、雲板の彫刻、勾欄合の彫刻)、縞黒檀(彫刻部)、鉄刀木、花梨(土呂台、縁葛等)。

枡合(挟間)彫刻は、正面「金沢柵攻略」、右「為朝 白縫を娶る」、左「堀川夜討ち」、後ろ「大江山酒盛」。
虹梁彫刻は、正面「信長、道三の会見」、右「桶狭間の戦い」、左「長篠の合戦」、後ろ「信長角力(すもう)興行」。
木鼻彫刻は「親子唐獅子と牡丹」。

金具、金綱、伊達幕は梶内だんじり(淡路)。憲章(町紋)等の刺繍日繍(京都)。
伊達幕は、川中島の合戦で、「鬼小嶋弥太郎」、「武田信玄」、「上杉謙信」、「原大隅守」の刺繍。
金綱は、ドイツ製の24金ハイグレード糸使用。

房は岡本啓助商店(京都)。白、紅、藍の3重構造の房。

太鼓は、坂東太鼓店(大阪市)で製作し、2寸5尺のものを新調(木材は、ケヤキ。皮は、牝の和牛)。

個人的な感想ですが、非常に遠くからでも聞える重低音のある太鼓でした。

平成19年の宮入りと宮出の様子です。動画は、ケータイカメラの動画で、画質はあまり良くありませんが、太鼓の音が100%とは言えないですが、再現出来ていると思います(スピーカーの音質により異なります)。



▼平成19年の宮入り

PAP_0699_20071127185404.jpg

PAP_0697_20071127185415.jpg

PAP_0694.jpg

PAP_0691.jpg

PAP_0689_20071127185441.jpg

PAP_0685_20071127185448.jpg

PAP_0684_20071127185502.jpg

PAP_0683.jpg

PAP_06980.jpg

PAP_06930.jpg









▼宮出

PAP_07200.jpg

PAP_07190.jpg

PAP_07180.jpg





平成19年 東大阪市枚岡神社 出雲井・鳥居

本年はじめて、「ベラ」意外の掛け声で行われる太鼓台の祭りを見ました。

思った以上にスゴかった(^^♪です。今まで見てなかった事に後悔・・・。

宮入り1番は、出雲井・鳥居の布団太鼓。この太鼓台は、平成19年9月23日入魂式を終えたばかりの新調太鼓台。初代の太鼓台は、堺市西区石津太神社の十三町会太鼓台に。

初代の太鼓台は、大正15年、淡路島より1710円20銭で購入。昭和60年大修理。


新調2代目太鼓台製作の木材は、樹齢約200年の岐阜県産のケヤキ。約6トン。

太鼓台製作は、隆匠。太鼓製作は、河内屋(大きさ3尺2寸の太鼓を製作)。彫り物は、澤彫刻店、木彫山本、彫師岸田氏。
飾りは、東亜商事(中国で製作)。

太鼓台は、大きく、彫り物も凄かったです。



▼一の鳥居より(平成19年)


▼宮入り
PAP_0916.jpg

PAP_0918.jpg

PAP_0919.jpg

PAP_0920.jpg




◎参考写真◎
先代の太鼓台(現・十三町会太鼓台)
PAP_0783.jpg

PAP_0794.jpg



平成19年 第34回堺まつり 芦原濱

平成19年の堺まつりの芦原濱です。
本年は、10月20、21日で、前夜祭では、8番、パレードは、10番でした。

今年もすごく人が多く、各太鼓、様々な演出をしていました。


芦原濱太鼓台は、昭和58年の淡路型太鼓台。梶内だんじり店で費用950万円で製作。3代目。

平成23年、4代目新調予定で、井上工務店へ発注。

初代太鼓台は、大正2年に購入し、昭和19年まで、宮入り5番目。(13台中)
しかし、昭和20年7月の堺大空襲により焼失。

昭和27年からは、海船濱太鼓台を借りての宮入りをする。
2代目は、昭和29年、漁船で淡路島まで購入しに行く。布団締めは白地だった。
同37年から40年は、休止し、同41より再び担ぎ出される。

昭和47年に、布団締めが金綱へとなる。が、昭和57年の飾りつけ準備の際、太鼓台のバランスを崩し転倒。タガヤ等を損害した。

その為、現3代目太鼓台新調となった。その2代目太鼓台は、現在修復され、淡路島で活躍中。

彫り物枡合の正面は「巴御前の奮戦」、右「楠公子別れ櫻井の駅」、左「曽我兄弟の仇討ち」、後ろ「源頼朝の朽木隠れ」。彫刻師は、松田正幸。

堺まつりへは、第1回の昭和49年より出場。


▼堺まつり前夜祭

PAP_0976.jpg

PAP_0974.jpg

PAP_0964.jpg






▼堺まつり担ぎ出し

PAP_1050.jpg

PAP_1049.jpg

PAP_1048.jpg

PAP_1047.jpg

PAP_1046.jpg

PAP_1045.jpg

PAP_1043.jpg




▼大パレード



▼ゴール地点での東湊との担ぎ合い


▼平成3年の芦原濱(3代目太鼓台)
装飾品と、太鼓の叩き方が、今と違います。



平成19年 堺市菅原神社 ふとん太鼓

9月13日、初めて菅原神社(天神さん)の祭りを見ました。

平日とあって、夜七時代は、まだ人も少なかったですが、時間が過ぎるにつれ、だんだんと多くなってきました。

また、北戸川と海船浜の太鼓台は、堺型で、1箇所で2台の堺型太鼓を見れます。



平成19年9月13日

▼宮入り1番海船濱より
PAP_0435.jpg

PAP_0439.jpg

PAP_0433.jpg

PAP_0457.jpg

PAP_0456.jpg

PAP_0455_20071126144105.jpg




※海船濱については、こちらもどーぞ↓
http://ssksairei.blog15.fc2.com/blog-entry-4.html



▼宮入り2番北戸川
PAP_0461.jpg

PAP_0460.jpg

PAP_0459.jpg

PAP_0451.jpg

PAP_0452.jpg

PAP_0440.jpg

PAP_0438.jpg

PAP_0435e.jpg

PAP_0434.jpg







▼北戸川と海船濱の担ぎ合い
PAP_0431e.jpg

PAP_0433e.jpg

PAP_043e2.jpg





▼菅原神社内
PAP_0431.jpg

平成19年 堺市石津神社 浜石

10月6日、堺市堺区の石津神社でのふとん太鼓を見てきました。1つの神社に、だんじり(神石市之町と上石津)とふとん太鼓(浜石と緑ヶ丘)が奉納する珍しい祭りです。

浜石の歴史は、次の通りです。


石津神社に始めて太鼓台が奉納されたのは、明治42年。殿馬場の酒造屋の社長2名の要請で、遠里小野の大工制作の太鼓台を明治41年に菅原神社所属の堺型太鼓台を購入。石津川のの清流を利用しての晒(サラシ)業が盛んだった為、「晒仲」とする。

しかし、明治43年に南旅籠町農人町の有志に売却。大南戸川(隅田)(開口神社)の現太鼓台となる。

それからしばらくは、子供太鼓や樽御輿奉納などの時期を経て、昭和60年、湊の個人所有の子供太鼓を購入後、同63年に、石津若中(石津太神社)より中太鼓を購入した(現緑ヶ丘)。

現在の大太鼓は、明治40年、堺区戎島の北浜新調(菅原神社)の淡路型太鼓台を、大正2年に梅町(百舌鳥八幡宮)へ売却。
平成9年に、太鼓台の台座と布団部分等※を購入。彫り物は新調し(彫物師谷口信夫)、平成10年、89年ぶりに大太鼓での奉納をする。

※彫り物等は、現在も梅町で使われています。

しかし、平成16年7月18日早朝、太鼓蔵は火災に遭い、太鼓台は焼け焦げ、綱等の装飾類も水で濡れた。梶内だんじり店で約1200万円かけて修復し、現在に至る。

それでは、祭礼の様子をどーぞ☆彡


▼平成19年の祭りより


PAP_0841.jpg

PAP_0838.jpg

PAP_0832.jpg

PAP_0835.jpg

PAP_0821.jpg

PAP_0820.jpg

PAP_0819.jpg

PAP_0818.jpg



▲鳥居が低いため、このように入ってきました。









◎参考写真◎
PAP_1066改

▲晒仲の太鼓台として使われた現隅田(大南戸川)の太鼓台

PAP_0846.jpg

▲先代の中太鼓で、現緑ヶ丘の太鼓台

平成19年 堺市百舌鳥八幡宮 梅北町

本年は、9月29、30日に行われ、29日の梅北町宮入りは、3番目で、東参道より入場してきました。また、テレビ大阪の収録も来ており、大変盛り上がっていました。



梅北町の現太鼓台は、昭和61年新調の2代目で、梶内だんじり店にて製作の淡路型。初代太鼓台は、昭和3年に購入され、それまでは、だんじり(現高石6区高師浜の地車)だった。初代太鼓台は、現在の石津若中太鼓台である。

梅北町は、昭和45年の万国博覧会(万博)「日本の祭り」や、昭和61年、昭和天皇を迎えた、堺市大仙公園で行われた「全国植樹祭」にも出場。


彫り物は、枡合正面「川中島の合戦」。右「平景清錣引き」、左「頼朝鶴ケ岡八幡宮参拝」、後「賤ヶ岳の合戦」。
虹梁の彫刻は、正面「藤吉郎墨俣一夜城」、右「日吉丸小六矢矧橋の出会い」、左「尼ケ崎危難の場」、後「修行僧懸想を見る」。彫師は松田正幸(兵庫県)







平成19年の宮入りの様子。
PAP_0692.jpg

PAP_0687.jpg

PAP_0685.jpg

PAP_0684.jpg

PAP_0699.jpg

PAP_069u.jpg


▲東参道より入場


▲階段下りと、ベラの肩替え

平成19年 堺市開口神社 ふとん太鼓

堺市で、最も早い布団太鼓の祭り。9月12日より一つ前の金土日に行われます。本年は、9月7、8、9日に行われました。動画、写真のほとんどは、8日(土)のものです。

現在は、新在家濱、隅田(大南戸川)、芦原濱、大甲濱の4台。

各太鼓台や戦前等の詳しくは、後日、記します。


▼新在家濱
PAP_0400.jpg

PAP_0395.jpg


▲新在家濱


▼隅田(大南戸川)
PAP_0374.jpg

PAP_0396.jpg


▲隅田(大南戸川)


▼芦原濱
PAP_0407.jpg

PAP_0394.jpg


▲芦原濱


▼大甲濱
PAP_0379.jpg

PAP_0397.jpg



▲大甲濱




平成19年 堺市船待神社 ふとん太鼓

毎年、岸和田だんじり(旧市街、春木)と同じ祭礼日で、9月第3金、土、日に行われます。

こちらは、出島、西湊、東湊の全3台。金曜は、紀州街道パレード、土曜は、3台による担ぎ合いや、ベラ合戦が行われる。




PAP_0517.jpg

▲紀州街道を出る西湊

PAP_0514.jpg

▲御陵前にて。出島

PAP_0511.jpg

▲御陵前にて。東湊

PAP_0506.jpg

▲御陵前にて。西湊。

PAP_0579.jpg

▲ベラ合戦(手前から、西湊、東湊、出島)

PAP_0576.jpg

▲西湊差上げ。紀州街道にて。

PAP_0564.jpg

▲東湊(神社内)

PAP_0550.jpg

▲出島小屋入


▲紀州街道パレード(出島、東湊、西湊)


▲御陵前にて。


▲東湊、西湊(神社内)


▲西湊神社内にて。


▲西湊(紀州街道)


▲3台による担ぎ合い(御陵前)


▲出島(南海本線湊駅前)

平成19年 堺市陶荒田神社 だんじり

堺市陶器地区の祭礼は、だんじり祭りです。
一般的な河内方面の祭礼日に行われ、曳行の仕方も、河内方面に似た行い方(南河内式)です。(上神谷地区の泉田中もこの方式)
担ぎ上げたり、遣り回しをする町、しない町があります。

大阪狭山市の地車(三都神社にも宮入)も宮入りし、全10台。


PAP_0891.jpg

▲田園


PAP_0895.jpg

▲山本


PAP_0889.jpg

▲福町中(福中)


PAP_0899.jpg

▲宮入全10台

PAP_0888.jpg

▲西中

PAP_0887.jpg

▲辻之


▲田園宮入


▲東陶器小学校前:山本、辻之、上之+ライフ前:鴬谷、西中


▲隠、高蔵寺、田園(ライフ前)


▲北村、辻之、上之(ライフ前)


▲福町中(福中)(ライフ前)

平成19年 堺市菅原神社 海船濱 

この太鼓台は、平成14年に40年ぶりに復活を遂げた、海船濱ふとん太鼓。昭和27年の奉納を最後に、菅原神社内で休止保存されていた。平成15年に、井上工務店にて修復し、現在に至る。
太鼓台は、明治42年頃新調の堺型。

個人的に、この太鼓台を見たのが今年が初めてでした。白木で、大きさは、先代の西湊くらいありました。

太鼓蔵は、南海七道駅近くの、七堂ヶ濱御旅所内にある北開仲(休止中)太鼓蔵とともに保管されている。

毎年9月13、14日に行われ、本年は、木曜日と金曜日でした。木曜13日の様子です。

PAP_0455.jpg

▲海船濱(平成19年)
PAP_0456.jpg

▲海船濱(平成19年)

▲海船濱(神社内)


▲海船濱(小屋入り)

平成19年 堺市百舌鳥八幡宮 赤畑町(記事改定 11/25)

十五夜満月(旧暦8月15日)に近い土日に行われる、百舌鳥八幡宮のふとん太鼓の祭り。通称「月見祭り」。

本年も見てきました。土曜朝の宮入りでありながら、大勢の人々がいました。

その宮入り1番が、赤畑町。なぜ赤畑町が毎年1番宮入りかと言うと、百舌鳥八幡宮が百舌鳥赤畑町に所在する為。

昭和5年新調の太鼓台で淡路型。大工:柏木福平、彫師:川原啓秀。

彫り物:枡合は、正面「神功皇后応神天皇平産」、右「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」、左「曽我五郎大磯驀進」、後「楠公子別れ櫻井の駅」。
虹梁は、正面「源頼朝本陣褒賞の場」、右「仁田四郎忠常猪退治」、左「狩場風景勢子の活躍」、後「頼朝公鹿を射る」で黒檀を使用している。

先代は地車(だんじり)であったが、和泉市富秋町へ売却後、現太鼓台へとなる。



▼平成19年の宮入りの様子。

PAP_0689.jpg

PAP_0697.jpg

PAP_0696.jpg

PAP_0695.jpg

PAP_0698.jpg




▲赤畑町宮入り

堺市の祭り!!ふとん太鼓

大阪府堺市には、だんじりの地域が多いですが、堺区を中心に西区、北区の一部にふとん太鼓の祭りがあります。
ここから、幾つかのタイトルに分けて、写真や動画等で、各太鼓台について紹介したいと思います\(^o^)/


中百舌鳥

▲中百舌鳥町(北区・百舌鳥八幡宮)

浜石

▲浜石(堺区・石津神社)

はじめに。

このブログでは、今まで見物してきた大阪府各地の祭りの写真や動画、情報等を掲載していきたいと思います。
これから記する事柄は、各町、自治体、会、青年団等とは、一切関係ございません。あくまでも個人的な運用です。
写真、動画の多い少ないがあるとは、思いますが、ご了承下さいm(__)m
↓大阪祭礼記ホームページ↓
カテゴリー
ブログ内検索
大阪祭礼記
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カウンター
カウンター
現在の閲覧者数:
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。